着物姿の氷川きよしさんでした。
吹っ切れたご様子で、久しぶりのきよし節を聴きました。
相変わらず、お人柄の良さが出てました。
2023年から1年8ヶ月休業されてました。
2001年23歳の映像が出ました。
「懐かしいです。覚えてます。嬉しくてあこがれの徹子さんにお会いできて。」と、氷川きよしさんのお言葉です。
休業の理由は、「22歳でデビューして、氷川きよしという名前が大きくなった。一人の人間として、一回冷静に自分のことを見直す年齢なのかなあ、と思って。2年近く休業させていただいて、あらためて、コンサートのひとつひとつの公演が有難いことだと、しみじみ感じることができる。歌うことが生きていく上で大事なこと。休んだことで気付かせていただいた。」と語られました。
休業中は、ロサンゼルスやイギリス・ロンドンに行かれてたようです。
毎日自炊してたようで、渡米して1週間でホームシックになったとか。
世界的なジャズピアニストのハービー・ハンコックさん にお会いし、アドバイスをもらったようです。
「あなたは日本の地で一生歌を歌い続けて、沢山の方に希望を届けて、ありのまま輝いて、人間として人間性を磨いて輝いて歌っていきなさい。」
『ズンドコ節』・『限界サバイバー』を歌って、「あなたの歌には情熱がある。パッションを感じる。」と言われたようです。
「歌わなくてはいけない、すごく自信がついた。」とのこと。
休業後、2人の先生から曲をいただきました。
「福岡から上京して3年半、水森英夫先生のもとでアルバイトをしながらレッスンしてた時、流行ってた歌が、小室哲哉先生の歌だった。憧れの先生にオリジナル曲『Party of Monsters』を作って頂いた。」とのことです。
また、松本隆先生にお会いして作詞をお願いし、『白睡蓮』( 作曲 TAKUROさん)を頂きました。
「5歳の時、初めて人前で歌って「上手かねー」と言われたのが、松田聖子さんの『赤いスイトピー』だった。上手かねーと言われて、自分は歌が上手いんだ、自信になって。赤いスイトピーが松本隆先生が書かれた詩で、子どもの時キューンときて、素敵な詩だなと思ってた。40数年経って先生にお会いする機会があり、先生に詩を書いていただけませんか、とお願いしたら、書いてくださいました。」と語られました。
新曲は、恩師 水森英夫さん作曲『ほど酔い酒』(作詞 岸 快生さん) で、演歌です。軽快なテンポで明るい歌でした。
徹子さんに、みかんとレモン を持参しました。ベランダで作られて、味がいい、美味しいみかんだったようです。
「5匹の犬を飼っていて、犬との散歩が生きがいです。毎晩一緒に寝てて、枕元に寝てるラテちゃんが、おならをして臭いけど、愛おしく感じます。」ワンちゃんたちも幸せですね。
ご両親への思いは、「何で生まれてきたのか、自分の存在は何だろうと思ってた。小学校中学校でいじめられていた。言い返せない・気が弱い・スポーツが苦手、歌をやってることで認めてもらえた、強くなれた。両親には、生んでくれたこと、育ててくれたことを感謝してる。」
福岡にたまに帰省して、サポートしてるそうです。
福岡のご両親に1日3回電話してるとか。父親には、しつこいと言われてしまうそうです。
『氷川きよし特別公演』が今月末から始まります。二枚目役とおばあさんの役もあり、楽しそうです。
歌は、昼は美空ひばりさんのカバー、夜は北島三郎さんのカバーも歌います。
即興で歌った美空ひばりさんの『東京キッド』、北島三郎 さんの『風雪流れ旅』は、聞き応えありました。
東京公演 会場明治座 1月31日(土)~2月18日(水)
余談ですが、長良プロダクションからデビュー後3年間は、給料が月給制で安かったらしいです。
あれだけ売れてても、事務所の方針は、厳しかったようで、その時間が、氷川きよしさんの原動力となり、第一線での素晴らしいご活躍に繋がったと思ってます。